感染症拡大防止のため、2020年の”ニューノーマル”となった在宅勤務。「家で快適に働く」という新しい需要が高まり、ワークスペースは必ず要る空間として認識されてきました。家族それぞれの働き方にフィットする「働く場所」をどのように住宅に取り入れていけばよいのでしょうか。
話し手:一級建築士 テラジマアーキテクツCEO 深澤彰司
アウトプットに必要なのは”個が成立する空間”
感染症が広がる前から、ダイニングの一角にちょっとしたパソコン仕事ができるスペースや、個人が籠ることのできる書斎のオーダーはよくありました。しかし、リモートワークが定着すると、資料を読むインプットだけでなく、「オンラインで話す」というアウトプットが発生するようになった方も多いのではないでしょうか。
そうなると、家族がくつろいでいる横で仕事をすることは難しいですよね。人は視覚に縛られるので、周りに目がウロウロしていると気になってしまいます。
そこで、これまで主流であった「家のどこにいてもゆるく家族とつながれる居場所」の延長としてワークスペースを考えるよりも、夫婦共働きでリモートワークをする状況や、時差のある海外との会議を行うことを考慮して”大人が個として成立できるスペース”を確保することが命題となります。
それはほかの家族の気配を遮断できる空間、例えるならば家の中に昔ながらの民家の考え方である「離れ」をつくる感覚です。「離れ」は、生活空間と仕事空間を文字通り切り離すことによって、意識を切り替える役目があります。実際は離れていないので「ハナレナイ」とか「ハナレズ」と呼びたくなりますが(笑)。
このように本格的でなくとも、生活空間と仕事空間の間に吹抜けや中庭をはさんだり、渡り廊下を設けたり、またフロアを分けることで「離れ」の意識を現代の住宅に生かし、大人が”個を確立する”ことができると考えています。
半個室と時間的個室もワークスペースになりえる
”個として成立できるスペース”は外部からの視線を遮断できることが求められるため、個室であることが望ましいですが、アウトプットが気にならなければ密室である必要はないと考えます。
2020年の緊急事態宣言中によく聞こえてきたのは、夫は個室でリモートワークをし、妻は仕方なくダイニングテーブルで仕事をやるというもの。こうなると妻はまず散らかっているダイニングが気になってそこを片付け始めてしまい、仕事がはかどらない。仕事を始めたと思ったら、夕食の時間になっていて、ダイニングテーブルを食卓として使うために片付けないとならないというもの。この時のストレスは大変なものですよね。
そこで、このような一角。階段下のフロアを一段下げて、デスクを備え付けたワーク兼スタディスペースです。ここにドアはありませんが、家族の視線が届かないので集中できる。同時に、デスクの上がどんなに散らかっていても見えないので、片付けのストレスから解放されます。
さらに、リビングに仕事デスクをおいて特に空間を仕切ってはいないが「デスクをまるごとしまえる」ようにした実例もあります。リビングに家族がいない時間にデスクで作業をし、食事の時間になったらそのまま隠す。個室を作るのではなく、デスクがある空間を仕事部屋とみなすという逆転の発想です。こちらも片付けのストレスがありません。
既存の部屋にワークスペースを設けるのであれば、主寝室の一角を取り外しのできる壁で囲ってスペースを確保する方法もあります。いますぐワークスペースを必要としない場合、子どもが赤ちゃんのうちは、ベビーベッドを置き、その後寝る場所が子ども部屋へと移ったらワークスペースをつくる計画でも良いですね。寝るだけだった部屋を有効活用できます。
長時間仕事をするなら、快適性を重視。
ワークスペースの考え方は滞在時間によっても変わってきます。1日数時間だけ作業を行うのであれば、狭いスペースの方が集中できるかもしれませんし、家事をしながらPCをいじる程度なら、家事室の一角にデスクを設置した方が効率的です。
一方、フルタイムで仕事をする場合は、一般的に光や風を感じられるよう外部と連続している部屋である方がいいでしょうね。体感空間が広がり、気持ちにゆとりが生まるので、日常生活に心地よさを積み重ねることができます。
例えば上記のように大きな開口から絶景を取り込んだ例。吹き抜けとなっているリビングの上部にワークスペースがあるため、デスクからふと顔を上げると目の前に見事な桜の景色が広がります。桜の季節でない時も、よい眺めにほっと一息つけますよね。
他にも、窓から海が見えるように書斎を作り、その窓をまっすぐ眺められる位置に机を配置するようオーダーをいただいたこともあります。通常、部屋を広く使うためには、机や本棚を壁に添わせるものですが、「長時間、心地よく働くこと」を求めるならばこのレイアウトが理にかなっています。
ただし快適性や心地よさとは、人によって感じ方はさまざま。太陽や風を感じることがなくても、ご自分の趣味や好みの要素で空間を構成することで、長時間いても疲れない空間にすることは可能です。
“個を確立する”さまざまなワークスペースを考えるうえで、共通して課題となってくることは、家族の共用空間との面積の兼ね合いです。オーナー様からはリビングダイニングを広く取りたいというご要望が多いのですが、床面積が限られる都市型の一戸建て住宅の場合、どこを優先して広さを確保していくかが重要です。
「家の中で働く」ことの優先順位はどの程度なのか。仕事以外の過ごし方との兼ね合いを考えて、空間構成のベストなバランスを探っていくことを常に意識しています。
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次回のテーマは、ひとつ屋根の下での「住・働・遊のきりかえ」について。
働く場所であるワークスペースのほか、目的が違う部屋をどう配置して住み手の意識を切り替えるか。事例を基にしたアイデアをご紹介します。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
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