近年よく聞かれる「パッシブハウス」や「パッシブデザイン住宅」と呼ばれる家。カーボンニュートラル(CO₂排出量実質ゼロ)の社会やSDGsを達成するためにも必要な住環境とされていますが、具体的にはどんな住宅を指し、どんな注意点があるのでしょうか。建築家ならではの視点で掘り下げます。
語り手:一級建築士 深澤彰司(株式会社テラジマアーキテクツCEO)
パッシブデザイン住宅とは?
「パッシブハウス」や「パッシブデザイン住宅」のパッシブとは英語で「受動的な」という意味。一般的にパッシブデザイン住宅とは「太陽や風などの自然エネルギーを受けて生かし、住みよい環境を整える家」というニュアンスで使われています。
自然エネルギーを生かす、と聞くと大自然の中に建つログハウスのような家を思い浮かべてしまうかもしれませんが、パッシブデザイン住宅の機能性と家の意匠は別の話です。モダンな外見と自然の力を生かすことは両立できるので、ぜひ覚えておいてください。
さて、パッシブデザイン住宅をお望みのお施主さまからのご要望の多くに「夏はエアコンを使わないでも過ごせる涼しい家にしてほしい」というものがあります。多くの方はできるだけ電気を使わずに過ごしたいという目的のためにおっしゃっているのですが、実は電気代を一番消耗しているのは、給湯、すなわちお湯を沸かすことと、冬場の暖房です。意外に思われるかもしれませんが、冷房は家庭が消費する電力の3%未満なのです。
想像してみてください。東京でも外気温が0℃になる真冬に、室温を20℃にしようとすれば単純に温度差は20℃。一方、夏の外気温が35℃で室温を25℃にしたければ温度差は10℃となるので、こちらの方がエネルギーは少なくてすむわけです。
さらに、40℃を超す日本の夏を冷房を使わず「風とおし」だけで乗り切ろうとするのも難しくなってきています。室内に熱風が流れ込めばサウナのようになってしまいますので、夏の暮らしで目指すのは「少し冷やしただけで涼しさが続く家」、冬の暮らしで目指すのは「少し温めただけでぬくもりの続く家」ではないでしょうか。
春や秋の過ごしやすい季節では、風の流れを利用したいですね。イメージは水を通すホースです。ホースを潰して圧力をかけた方が水の飛ぶ力が増すように、風も出口の面積が小さい方が勢いを増して出て行きます。日本では南東方面に風の入り口を大きく取り、1本の通り道を意識して出口を小さめにつくると、風がスムーズに抜けていきます。
また、風が吹かないときも想定して、吹抜け天井などを用いて空間に高低差をつくり、ハイサイドライト(高窓)から換気を促すプランを描くことも多いです。
※経済産業省 資源エネルギー庁より
【第212-2-6】世帯当たりのエネルギー消費原単位と用途別エネルギー消費の推移
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/2-1-2.html
実は明確な基準のないパッシブデザイン住宅。
自然エネルギーを利用して、できるだけ電気やガスに頼らないで生活する家にするためには、少し冷暖房をつけただけで適正温度になる断熱性能や気密性能や風通しの良い通風計画、さらに日中照明をつけなくても室内の明るさを確保する窓の大きさや方角が考えられていることが望ましいと考えます。
しかし、具体的にパッシブ住宅に明確な基準はなく、各ハウスメーカーや設計事務所、工務店が、さまざまな根拠から独自の基準をもうけて「パッシブデザイン住宅」とうたっているというのが現状です。
その”根拠”として掲げられているもののなかには、国が定める「長期優良住宅」や「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」の基準、または民間の有識者が発足して一般社団法人となった「HEAT20」が定めた基準があります。
東京においての基準値の厳しさは、「長期優良住宅」<「ZEH」<「HEAT20の基準」となっているのですが、各ハウスメーカーや設計事務所が「わが社は、長期優良住宅の基準値をクリアしているから、パッシブデザイン住宅である」とか「わが社はG2基準を採用してパッシブ住宅を設計しています」と表明しているのです。
数値の競争より、体感で得られる快適性を優先したい。
では、より厳しいHEAT20のG2基準を満たしている住宅がより完全なパッシブ住宅かといえば、そう言い切れないことも事実です。なぜなら、住宅の性能は住宅性能表示制度で定められた10項目について算定されるのですが、その算定基準をもちいても全方位的に各住宅の実態を把握することが難しいためです。
例えば、家の断熱性を表すUA値(外皮平均熱貫流率)は住宅性表示制度の算定項目に入っていますが、家の気密性を表すC値は必須の項目ではありません。ということは、断熱性が高くても気密性が低ければ、どんどん冷暖房をしたところで快適な温度になりにくいですよね。
もっと踏み込めば、UA値であれC値であれ、住宅それぞれの空間量や素材の蓄熱性、壁の色などを反映して算出しているわけではないため、実際の生活環境にどの程度影響しているかを完全にシミュレーションすることはできません。よって、一定の数値をクリアしていれば、数値を追い求めすぎる必要はないのではないかと考えています。
基準となる数値と室内の温度感覚
では一定の数値とはどの程度なのか。以前は断熱性をあらわすUA値が0.87を下回っていれば問題ないとされていましたが、現在は東京におけるZEH基準をクリアするUA値0.6以下が望ましいとされており、なかには東京におけるHEAT20のG2基準であるUA値0.46を指標にしている設計事務所もあり、”数値の競争”が進んでいます。
ですが極端な例を出せば、断熱性を高めたければ窓の少ない壁だらけの家にすればいいわけで、それでは暮らしが窮屈になってしまいますよね。一番大切なのは、数値で推しはかれない快適性のバランスを設計に生かすこと。暮らしのなかで自然に触れる接点があって心地よいという感覚的なことも大切にしていただきたいと思います。
一方で、健康の見地から室温を一定の幅におさめることは大切です。極端な寒暖差によって血管が収縮することでおこるヒートショックを防ぐためには、真冬でも15℃以上の室温が望ましいとされ、近年では冬は18℃以上、夏は26℃未満を保つこと※1で、居住者が健康的に過ごせるという報告もあります。
これらを総合すると個人的な見解となりますが、「パッシブデザイン住宅」のスタンダートは以下のような条件であると考えています。
・UA値が0.6以下
・1年を通して日中は室内の照明を使わなくてもじゅうぶん明るい
・冬場において日中は暖房を使わなくても温かく過ごせる
設計事務所やハウスメーカーに家づくりのご相談の際には、断熱性や気密性などの住宅性能についてどのように考えているか、何をもって快適性をはかっているのかをお聞きいただくと良いと思います。その回答によって、設計事務所の信条や指針が見えてくると思いますので、建築パートナーを選ぶひとつの基準になると思います。
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次回は、パッシブデザインを考えるうえで欠かせない空調について。全館空調と部分空調のメリット・デメリットを解説します。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
ビジョン
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