2050年の脱炭素社会へ向けて、日本の新築住宅に求められる省エネ性能は年々レベルの高いものへとシフトしています。2025年4月からすべての新築建造物に省エネ基準適合が義務付けられることが決定し、2024・2025年に新築住居へ入居する場合でも、住宅ローン減税を受けるには原則として省エネ基準に適合する必要がでてきました。では、高い住宅性能は、住み心地の良さに直結するのでしょうか。建築家が考える「快適性の条件」を掘り下げます。
語り手:一級建築士 深澤彰司(株式会社テラジマアーキテクツCEO)
2025年から省エネ住宅が義務化。「住宅ローン減税」の制約は2014年から。
いま2050年の脱炭素社会を実現させるために、建築物省エネ法、住宅性能表示制度、省エネ基準などの新築住宅に関わる法令制度が、徐々にハードルの高いものへと変わってきています(※1)。2024年から住宅ローン減税を受けられる住宅は「認定長期優良住宅」と「認定低炭素住宅」、「ZEH水準省エネ住宅」、「省エネ基準適合住宅」の4種類となりました(※2)。
上記4種の住宅は、評価基準や住宅性能のメインテーマが少しずつ異なるため名称も異なっていますが、省エネ性能が優れていることに変わりはありません。そして住宅の省エネ性能は主に「外皮性能(UA値)」と「一次エネルギー消費量(BEI値)」の2つで測られるようになっています。
よって、ハウスメーカーや工務店のなかには、UA値やBEI値で住宅の優秀さを証明しようとする動きが目立ってきました。例えば「最高基準の断熱性能等級7をクリアしたUA値0.26の家!」といった具合です。数値で保証されると、なんだかよい家のように思えてきますよね。
しかし、数値の優秀さが、そのまま住みよい家を意味するかといえば疑問です。なぜならUA値とは「外気が室内にどれだけ出入りするか」の指標ですから、その値を低く抑えるためには単純に窓を小さく、少なくすればよいということになります。極論をいえば、開口部をなくしてしまえばいいのですが、それが優れた住空間なのかといえば、そうではありませんよね。
住みよい家とは、お施主さまの要望を叶えることを前提として、暮らしを豊かにする設計士の工夫と高い住宅性能が両立し、なおかつバランスがとれていることだと考えています。数値だけを追ってしまうと、家を建てる動機ともいえる肝心の「なぜ家を建てるのか」「どう住みたいのか」が抜け落ちることもあるので、住宅性能の数値と心地よさの体感は別ものだと切り離して、暮らしたい家になっているかを考えていただきたいです。
光、風、熱をデザインする自立型循環住宅
では、具体的に「暮らしを豊かにする設計士の工夫」とは何でしょう。私は、都市に住んでいても光や風や緑を感じて、ふと安らぐことができる環境が整っていることだと定義しています。安らぎや豊かさを得るという主観的な体験は数値化できませんが、だからこそ毎日住み続けるにはそれが一番大事なのではないかと考えています。
そして、この心地よさという体感を主軸として、省エネ化を促しながら快適な家づくりを目指すものさしとして、自立型循環住宅という考え方があります(※3)。
自立型循環住宅とは、パッシブデザイン住宅(関連記事はこちら)をより具体的にした概念で、今より住宅の省エネ基準がゆるやかだった2001年に、国土交通省と独立行政法人の共同プロジェクトとして誕生しました。いわば脱炭素社会に向けて、今後建てていくべき住宅のパイオニアとして登場し、エネルギー消費量を削減するための技術や手法が随時更新されています。
現在の自立型循環住宅である条件は、自然エネルギーを有効に活用すること、建物と設備機器の性能を上げて省エネルギー設備にすること、そして居住時のエネルギー消費量(二酸化炭素排出量)を2010年頃の住宅と比べて太陽光発電を含めず50%にまで削減することがメインとなっていて、それらを実現する手段として「自然風の利用・制御」「断熱外皮計画」「冷暖房設備計画」など15種類の省エネルギー手法が紹介されています
自立型循環住宅は、冒頭で挙げたような認定長期優良住宅やZEH水準省エネ住宅などと違って、構造面での制約や住宅性能を数値で証明する義務はなく、どのような木造工法でも取り入れ可能です。そのため設計士は15種類の省エネ手法を取捨選択して、その土地ならではの気候や地形条件を生かし、柔軟に一戸ごとの快適さを求める設計ができるといえるでしょう。
弊社は隣家が密集している都心部の住宅を手がけることが多いため、プライバシー確保の観点からたくさん開口部を設けて開放感を演出するという計画が良いとはいえません。いかに視線を遮りながら光を内部に取りこむか、さらに風通しや熱の流れを考えて、昼光を利用したり日射熱を遮蔽したりと、住み手の安心感と自然利用のバランスがとれたプランニングが必須となってきます。設計士の腕の見せ所ですね。
どんな省エネ住宅を目指すかは、最初の打ち合せで相談
ハウスビルダーによって、スタンダードとしている省エネ性能住宅の種類は異なります。弊社では自立型循環住宅の考え方をもとにして、全棟、長期優良住宅の水準で設計計画をおこなっているので、それがスタンダード。
長期優良住宅とは、メンテナンスをしながら200年住みつなぐことを想定した家であるため、省エネ性だけでなく、室内空間の広さや劣化対策、維持管理の容易性などの長期活用に耐えうる細かい基準が設けられています。親から子、孫世代へと受け継ぐことも、賃貸や売却をすることも可能な、資産として価値のある建築物だと考えています。
これらの説明は、お施主さまとの最初の打ち合わせでお話しし、納得いただいたうえで、お施主さまがどのようなライフスタイルを送っているのか、これから送りたいのか、どのような設備と内装デザインが良いのかというヒアリングに入ります。それらをすり合わせていくことで、お住まいになる方独自の居心地よさ、住みやすさを追求し、オーダーメイドの「快適な住宅」がつくられていくのです。
みなさまがハウスビルダーと打ち合わせをする際には、住宅性能基準や住宅ローン控除について説明があると思いますが、疑問があれば最初の打ち合わせからどんどん質問して、ご自分に合った住みよく快適な家を実現してくださればと思います。
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※1 国土交通省 住宅性能表示制度における省エネ性能に係る上位等級の創設
https://www.mlit.go.jp/common/001585664.pdf
※2 国土交通省 住宅ローン減税
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000017.html#chirashi
※3自立型循環住宅
https://www.jjj-design.org/jjj/jjj-about.html
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
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