外から閉じ、内に開いて、家族のつながりを生む
今回ご紹介するのは、東京都中野区のO邸です。
袋小路のわずかな接道部分を除いて、四方を住宅に囲まれた敷地。Oさんのご希望は、住宅密集地にありながら明るく開放的な空間を実現すること。そして、いつも家族の気配を感じながら心地よく過ごせる空間を実現することでした。
これを叶えるために、敷地の中心に中庭を設け、その周りを建物でロの字型に囲むつくりとしました。外部からは閉じてプライバシーを確保しながら、住まい全体を中庭に向かって開いた状態にすることで、家族が互いの存在を感じ、安心感に包まれながら暮らすことができるようにと考えたのです。
というのも、着工当時のOさんご一家は、小さなお子さんが2人いらっしゃることに加え、ご主人は救急医として大変忙しくされていました。日中はもちろん、夜中に急に呼び出されることもしばしば……。一緒にいられる時間は、一般のご家庭よりも不規則でした。
だからこそ、家にいるときは、家族と一緒にいる感覚を大切にしたい。そんな思いをお持ちだったのです。
生活動線と家事動線の双方に配慮を
家族の気配を感じられる住まい――これを実現するためのポイントは、中庭と吹き抜けに設けた「渡り廊下」でした。
O邸は、ご主人が夜中に帰宅した際の物音が気にならないようにという配慮もあり、1階にLDKとキッチンを、2階に子ども部屋とご夫婦の寝室を配置しています。
手前の子ども部屋と奥の寝室を渡り廊下で結んでおり、ご夫婦が子ども部屋の前を通る機会を自然な形で増やしています。また、この渡り廊下は中庭とLDKを見渡すことができ、家族がどこにいても、お互いにその存在を感じることができます。
バルコニーも、子ども部屋と寝室のどちらからも出入りすることができます。2階は、渡り廊下とバルコニーで居室同士がつながり、ぐるぐると回遊できる構造になっているというわけです。もちろん居室は扉で区切られているのですが、実は大きな一つの空間としてつながっている。住まい全体が緩やかに区切られ、緩やかにつながっています。
気配は、視覚だけで感じるものではありません。キッチンで料理する音や、部屋から聞こえてくる話し声といった聴覚でも感じることができます。
その点、渡り廊下は移動のために必要な動線であると同時に、視覚・聴覚の両方で家族の存在を感じることができる場所でもあります。
中庭に面した1階の大開口の庇(ひさし)の役割も果たしており、太陽高度が高い時間帯に、LDKに差し込む光を柔らかくする効果を発揮しています。この渡り廊下は、家族と過ごす心地良い住まいの、象徴的な存在となっていると言えますね。
見せるキッチン、隠す家事室
以前ご紹介した「家族のつながりを生む住まい」のS邸は、職場だけでなくご自宅でも仕事をされるご夫婦のために、ワークスペースとLDKとをはっきりとセパレートしていました。
それに対して、O邸のプライベートな空間と言えば、子ども部屋と寝室くらい。S邸は、玄関を上がってすぐの回廊を経由してLDKや居室、水回りなどに直接向かうことができるのに対し、O邸はどこへ行くにも共用スペースを通る必要がある、より“家族密着型”の住まいと言えます。
1階から2階の居室に上がるためにはLDKを通る必要がありますし、寝室に行くには必ず子ども部屋の前を通る必要があります。O邸の設計は、家族の自然な合流地点を設定していくようなイメージで進めていきました。
このように、同じ「家族とのつながり」を重視した住まいでも、お子さんの人数や年齢・性別、ワークスタイル、ライフスタイルといったご家族ごとに異なる条件によって、住まいのつくり方は多様に考えられます。ご家族が志向する関係性を踏まえて「つながり」「へだたり」をデザインしていくことで、一人ひとりにとって心地良い住まいを実現することができます。
住まいづくりにおいては、「これから、家族とどんなふうに暮らしていきたいのか」をはっきりと、そして理想と本音の両面から考えることが非常に重要なのです。
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次回のテーマは、「趣味と生活の両立」です。家族それぞれが、熱中できる趣味を持っているのは素敵なこと。それを最大限に尊重しながら、ストレスなく日常生活を送るためには、住まいづくりにちょっとした工夫が必要です。“趣味部屋”にご興味のある方は必見の記事です。お楽しみに。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
ビジョン
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