誕生記念樹の桜が主役の邸宅
今回ご紹介するのは、東京都品川区のM邸です。ご両親が住まわれていたご実家を、ご夫妻のお住まいへと建替えました。
この邸宅の主役は、敷地の西側にある桜の木。ご主人が生まれたときに植えられた、誕生記念樹です。「この桜は両親が植えてくれた思い入れのある木。できれば新しい住まいにも残したい」というご要望に応えて、プランニングのテーマとしました。
M邸の中で、桜を最も美しく眺めることができるのは、何と言ってもリビングルームです。西側に設けた大きな開口部から、桜を目の前に臨むことができます。
美しい景色を損なうことがないよう、窓ガラスにもひと工夫。中央のガラスの幅は広く、両サイドのガラスの幅は狭く――とバランスをとることで、景色をできるだけ分断せず、ひとつの絵画のように切り取っています。
春には、大好きなお酒を片手にご夫婦で楽しむのはもちろん、ご両親を招いて食事を楽しむこともあるのだとか。ご自宅にご友人を招く機会も多いそうで、この特別な桜の風景はゲストへの「おもてなし」にも一役買っています。
桜を「どう見たいのか?」が設計のポイント
「桜が見られる家」と一言で言っても、ただ見られればいいわけではありません。Mさんが桜を「どんなふうに見たいのか?」――すなわち、日常生活の中にどのように桜を溶け込ませるのかが設計のポイントでした
医師として多忙な毎日を送るMさんは、仕事から帰ってきた後やお休みの日の寛ぎの時間をとても大事にされています。
そんなMさんには、リビングでお気に入りのソファに腰掛けて、こだわりのオーディオ機器で大好きな音楽を聴きながら、桜をゆったりと眺めていただきたい。そう考え、まずはリビングを桜鑑賞に最適化しました。
座った高さから見たときに、桜が最も美しく見えるよう計算して窓を設置。夜間でも楽しめるよう、外壁に照明を取り付けてライトアップできるようにしました。
リビングのほかにも、主寝室と浴室から桜を眺めることができます。「一日の中で、忙しさから解放されるひとときを、桜を傍らに感じながら過ごせる家」――これがM邸の設計コンセプトです。
明確な“主役”を立てた住まいづくり
家を建てるにあたって、「思い出や思い入れのたくさん詰まった木を残したい」というご要望をいただくことは珍しくありません。
当事者にしかわからない、しかし他のどんな高価な調度品よりも大きな価値のある存在。特にM邸の桜のように長い年月をかけて育ってきた木は、外から同じようなものを持ってこようと思っても難しいものですから、最大限に生かす方法を考えたいですね。それが、その家の個性にもつながります。
記念樹、絵画、花器、照明、キッチン……家づくりにおいて何かフォーカスしたいものがあるとき、それを“主役”としてきちんと取り扱うことで、家づくりの方向性が明確になります。インテリアの素材や配色のバランス、各部屋の配置、日々の暮らしやすさにも配慮した動線などを、“主役”を起点に考えていきます。
日々の暮らしの中に、住まう人の「大切」や「特別」をどう組み込むのか?は、建築家の腕に見せどころです。
・
・
・
・
次回のテーマは、「動線の分離:職住一体・二世帯」です。二世帯住宅であり、職住一体型の住宅でもある邸宅をご紹介しながら、一つひとつのご家族のあり方に合わせた動線づくりの大切さについてお話しします。お楽しみに。
一級建築士 深澤彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
Our Works記事で紹介した邸宅
ビジョン
-
建築家の視点 敷地の「難点」を「利点」に変えるスキップフロア
住宅のフロアを半階ずつ上げた中層階をいくつか用いて全体を構成していくスキップフロア。近年、デザイン面のダイナミックさや機能面から人気を集...
-
建築家の視点 30年後も快適な家を、いま建てるには
約30年といわれている日本の木造住宅寿命(※1)。新築を好む国民性や、一代で住み終わる慣習性によると考えられていますが、メンテナンスを続ける...
-
建築家の視点 住宅性能と心地よさは別? 自立型循環住宅に教えられること。
2050年の脱炭素社会へ向けて、日本の新築住宅に求められる省エネ性能は年々レベルの高いものへとシフトしています。2025年4月からすべての新築建造...
-
建築家の視点 意外と知られていない、パッシブデザイン住宅のこと。
近年よく聞かれる「パッシブハウス」や「パッシブデザイン住宅」と呼ばれる家。カーボンニュートラル(CO₂排出量実質ゼロ)の社会やSDGsを達成する...
-
建築家の視点 人生をより豊かにする”自分スイートな家”の考え方
何のために家を建てるのか? これは、一戸建て住宅を構想するとき軸にしておきたい指針です。今回は「ペットと自分にとって居心地よい環境の家」を...
-
建築家の視点 自然とつながり、”ゆらぎのくつろぎ効果”を取り入れる
都市部の住宅密集地帯では、プライバシーの確保を優先すると住まいが閉鎖的になってしまうことも。しかし、美しい景色や緑が豊富にある環境なら、...
-
建築家の視点 リビングとダイニングを分けてもっと快適に!暮らしに合わせた間取りのアレンジ
プランニングで重要なことは汎用性より、住み手のライフスタイルに合わせたオリジナル性。例えばLDKが一体となった間取りが一般的ですが、 暮らし...
-
建築家の視点 家の中で混在する住・働・遊を切り分ける。
新しい生活様式が幕を開け、私たちの暮らしの中心となった「家」。これまで家族が生活し、くつろぐ場であったところに、オフィスや遊び場の機能が...
-
建築家の視点 “個を確立する”ワークスペースの考え方
感染症拡大防止のため、2020年の”ニューノーマル”となった在宅勤務。「家で快適に働く」という新しい需要が高まり、ワークスペースは必ず要る空間...
-
建築家の視点 動線の分離:職住一体・二世帯
仕事と暮らし、親世帯と子世帯。異なる2つのものを融合・共存させる住まいは、一つひとつの家族に合わせた「動線設計」がカギになります。