めざしたのは、五感を刺激する感性の住まい
今回のテーマは、住まいの照明計画です。日常生活に必要な明るさを確保する機能的な役割は言わずもがな。その空間で過ごす時間をより豊かなものにしてくれる照明の情緒的な効果に注目しながら、ご自身ならどんな照明を住まいに取り入れたいか、イメージを膨らませてみましょう。
ご紹介するのは、築数十年の住宅を建て替え、2012年に竣工した東京・中野区のS邸。周囲をぐるりと住宅に囲まれた“超住宅密集地”に立地しています。周囲からの目を遮るため、建物の中心に中庭を置いたロの字型の設計に。ライトアップした樹木を眺めながら、ゆっくりとリラックスした時間を過ごすことができます。
奥様の職業が照明デザイナーであることを知ったのは、デザイン・設計の打ち合わせも中盤に差し掛かった頃。中庭のライトアップは設計の初期段階から構想していましたが、そういうことならばと、より照明にこだわった住まいづくりを進めることにしたのです。
Sさんご夫婦はお二人とも、デザインに人一倍こだわりのある方。五感を刺激し、感性が磨かれるような住まいを求めていらっしゃいました。建築家として、住宅建築における照明の重要性をあらためて見つめ直すきっかけにもなった、印象的な邸宅です。
夜、ワイン片手に庭を眺めるひととき
光は、建築の完成度を左右するとても重要なファクターです。「インテリア」というと、床の素材や壁の色ばかりに注目してしまいがちですが、そこに照明をどう関わらせるかを考えることで、実現できる空間の選択肢がぐっと広がります。
どのような光の色・明るさ・照らし方を用いて、空間を演出するか。照明計画は、その人が家でどのように過ごしたいかによって、方向性がまったく異なってきます。わたしたち建築家は、お客さまがその家で過ごす時間に思いを馳せ、想像を巡らしながら、照明計画を考えていきます。
今回のS邸は、ご夫婦二人でゆっくりとした時間を過ごす住まい。ですから、昼間はもちろんのこと、夜の時間も楽しめるような照明計画が求められました。
たとえば中庭。季節ごとに移ろう景色を眺めながら、ゆっくりお酒を楽しむ——そんな上質な時間を演出するには、照明計画の工夫が必要です。というのも、樹木を明るく照らすだけでは、夜の中庭の景色を楽しむことはできないのです。室内が明るいと、窓ガラスに室内の様子が写り込んでしまう。室内照明の照度を落とすことで、ライトアップした中庭が立体的に浮かび上がってきます。
ご夫婦が庭を臨むダイニングテーブルに座るときは、向かい合わせではなく必ず横並び。お二人そろって美しい中庭を眺めながら、ワイン片手に穏やかなひとときを過ごされているそうです。
2階の中庭に面した位置に設けたのは、ギャラリースペース。そこに飾った奥様の作品の数々と、中庭のライトアップを同時に楽しむことができる贅沢な空間です。ここももちろん、室内の照度はぐっと落とします。
照明の工夫は、玄関まわりにも。玄関ポーチをピンポイントで照らすのではなく、あえて家の外壁(ファサード)に光を当て、間接的に玄関を照らしています。機能的に必要な照度は担保しつつ、ファサードにできた光の筋が、玄関前の空間に“表情”を生んでいます。



陰影によって生まれる、住まいの色気
照明による空間演出というと、おしゃれな間接照明を置くこと、つまり照明器具そのもので魅せることをイメージされる方も多いと思います。しかし、先のファサードの例のように、「光の当て方」で演出することで、住まいの表情はぐっと豊かなものになります。
ベースライトひとつとっても、室内をまんべんなく照らすのか、一部だけを照らすのか。ダウンライトひとつとっても、部屋の中央に設置するのか、壁寄りに設置するのか。それによって、つくり出される空間はまったく異なるものになります。
S邸では、リビング・ダイニングのダウンライトをあえて壁寄りに設置し、光を壁に向かって照らしています。その反射光によって、部屋全体がふんわりとした明るさに包まれます。照らされた白い壁には光の筋が描き出され、それはまるで、ひとつのディスプレイのようでもあります。
このダウンライトのように、照明計画は、壁のつくり方、天井のつくり方、器具の隠し方など建築構造に直接関わってくるケースが非常に多い。照明を効果的に用いた空間演出を実現するには、初期段階から照明計画を構想に含めて設計を進めていく必要があります。後付けでは実現できない演出がたくさんあるのです。
また、建築化照明(編集部注:建築物の一部として、天井や壁などに照明器具を組み込む手法)ではなく、器具照明であっても、空間の中でその魅力を最大限に発揮させるためは「そこに間接照明を置くこと」を最初から想定して設計するのがベストです。
たとえばS邸の玄関ホールには、奥様が手がけたライティングオブジェが置いてありますが、ここに置くことをある程度想定した上で設計しなければ、適切な位置にコンセントを設置できません。照明器具自体がいくら綺麗でも、コードが悪目立ちして空間の美しさを損ないかねません。お子さんがいるご家庭ならば「この位置にクリスマスツリーを飾りたいね」といったことも、立派な照明計画のひとつです。

暗い部分があるから、明るい部分が活きる。わたしたちが美しさを感じるのは、暗さと明るさのコントラストではないでしょうか。そうした陰影を意識した演出を行うことで、空間に豊かな表情が生まれ、住まいは色気をまとうのです。
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次回のテーマは「ガレージハウス」です。居住空間のすぐそばにクルマを置く住まいは、実は「クルマ好き」の方だけのものではありません。住まう人とクルマとの関係性、クルマとその周りにあるライフスタイルによって、「ガレージハウス」と一言で言っても、実にさまざまな形が考えられるのです。お楽しみに。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
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