土間=古風の固定観念を捨てよう
今回は、現代のライフスタイルに「土間」を効果的に取り入れるというアイデアを紹介したいと思います。
「土間」と聞くと、なんだか古風な印象を受ける方が多いかもしれません。また「勝手口」のように、家の主役にはならない“裏側”のスペースであるというイメージもついて回ります。しかし、考え方や表現の仕方によっては家の“表側”に持ってくることも可能な、住まいにおいて機能的にも情緒的にも重要なパーツとなり得るのが「土間」です。
既に建て替えてしまいましたが、わたしの母方の実家は農家で、土間の台所が住まい全体において非常に重要な位置を占めていました。朝早くから農作業をして、長靴を履いたままお昼ご飯を食べ、終わったらまたすぐに畑へ出かけて行く。そんなライフスタイルにフィットする、土間が中心の家でした。
靴のままで過ごせる場所が便利だったり、心地良かったりするのは、何も農家や昔の家に限ったことではありません。ライフスタイルに合わせて土間を住まいの重要なパーツとして捉え、組み込むことは、実は現代においてもとても有効だと考えています。
各空間を緩やかに隔て、緩やかにつなぐ「通り土間」の家
土間のある住まいの一例として今回紹介するのは、東京都世田谷区にあるY邸。もともとはYさんの奥様のご実家で、直近では奥様のお母様・お祖母様がお住まいだった築70年の木造住宅を、4世代がともに暮らす二世帯住宅へと建て替えたものです。

玄関を入ってすぐ目の前に、広い土間が広がります。土間を隔てて左側が親世帯、右側が子世帯。さながら、世帯間を緩やかに流れる“川”のようにも見える「通り土間」です。奥へと進んでいくと、両世帯がともに楽しめる中庭へと続いています。
「庭木は1本も切りたくない」――それが、建て替えにあたってYさんご一家からいただいた最も重要なご要望でした。
70年にわたって大切に手入れされてきた庭、そこに植えられた思い出いっぱいの木々を、これからも暮らしの中心に置きたい。二世帯がつながりながらも、それぞれ心地良く暮らしたい。「通り土間」は、その2つの思いから導き出されたものでした。
家の外、内、そして中庭が緩やかにつながり、常に庭とともにある暮らしを送る。
親世帯・子世帯が交流しながらも、各々のプライバシーを守った暮らしを送る。
玄関のドアと中庭に続く扉を開け放てば、住まいの中心を風が通り抜ける。
そんな暮らしを、この「通り土間」が実現しています。
二世帯住宅というと、玄関口から両世帯を完全に分離する方法もあります。しかしYさんご一家にとって、日常生活における4世代の交流は大切なポイントのひとつ。居住空間は分けながらも、交流を図りやすい空間を具現化する必要がありました。
また、床をひと続きにして世帯間を上足で行き来する「玄関ホールを共有する二世帯住宅」というつくりも考えられますが、世帯間を明確に分離する、庭とともに暮らす、というニーズを叶える最適な形として、「通り土間」のある家に着地しました。
通り抜けるのではなく、滞留する場所としてのデザイン
先ほど、「通り土間」を一本の“川”のようだと表現しましたが、この“川”を玄関から中庭まで一直線にせず、角度をつけたことには狙いがあります。角度をつけたことによって生まれた「たまり」が、この場所への滞留を促すのです。つまり、ここが単に中庭や居住空間に向かうための通り道ではなく、腰を落ち着けてひとときを過ごす場所なのだと直感的に理解させる効果があります。

この地域に長く住まわれてきたお宅ですから、昔なじみのご近所の方がいらっしゃる機会も多いとか。そんなとき、通り土間の両側にちょうど良い高さで設えられた床は、縁側のような役割を果たします。この土間が、近隣の方が集い、ひとときの語らいを楽しむ交流の場になるのです。
この土間は、かつての日本家屋において主流だった「裏側」「通過点」としての土間ではなく、「表側」「見せ場」としての土間です。

玄関・土間に一定の広さが確保できると、家全体が非常に豊かなイメージになります。逆に、たとえLDKが広々としていても、玄関・土間がコンパクトにまとまりすぎると、「広々とした豊かな家」というイメージを醸成することができません。敷地面積がそこまで広い住まいでなくとも、玄関・土間には少し余剰があるくらいのスペースを確保することをおすすめしたいですね。
暮らし、趣味、仕事をつなぐ――広がる土間の活用法
世帯間をつなぎ、隔てる。居住空間と庭をつなげる。
それ以外にも、土間の活用方法にはさまざまなものが考えられます。
たとえば職住一体の住まいでも、土間は効果的に機能します。ご自宅で仕事をされていて、日々の来客が多いお宅では、玄関から靴のまま入れる応接間をつくることがあります。
また、日常生活と趣味を緩やかにつなぎ、隔てることもできます。フラワーアレンジメントや料理など趣味が高じて自宅で教室を開かれている方のお宅で、靴のまま入れるレクチャールームをつくった経験があります。
Y邸の「通り土間」は、実は居住空間や中庭だけでなく、Yさんの奥様のお母様の趣味の空間である「アトリエ」にもつながっています。もともとテキスタイルデザインの仕事をされていたお母様が、機織機のあるアトリエで現在も趣味の織物を楽しまれているのです。
ごく親しい間柄であれば別ですが、靴を脱いで居住空間に入ることは、迎える側にとっても訪れる側にとっても心理的ハードルが高いもの。居住空間の手前、屋外と室内の中間地点で、靴を履いたまま過ごせることが、心地良さにつながるケースが多々あると思います。
住まいを「外」と「内」、「パブリック」と「プライベート」という二項だけでとらえるのではなく、その中間の曖昧な空間を第三の場所としてとらえ、活用することで、暮らし・趣味・仕事が緩やかにつながる、自分らしい豊かな住まいを実現することできるのです。
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次回のテーマは「ライトアップを楽しむ」です。夫婦お2人でワイン片手に過ごす夜のひとときを大切にするために、室内外の照明にこだわった住まいの実例をご紹介します。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
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