人通りの多い道路に面した土地に、居心地よい家を建てるには? 今回ご紹介するT邸は、2本の道路に囲まれた都市に建つ平屋住宅。窓の少ないシェルターのような外観と、その姿からは想像できないほどの緑と光あふれる室内空間が広がります。「初めての家づくりだけど、大満足です!」と喜んでいただける住まいとなりました。
語り手:一級建築士 深澤彰司(株式会社テラジマアーキテクツCEO)
「実家のような緑あふれる原風景」とプライバシー確保を両立。
マンション住まいから一転、相続した土地に一軒家を建てることにしたTさま。現在成人した2人の息子さんが、いつか家庭を持って遊びに来ることも想定し、ご自分の実家のように「庭があって緑にあふれた落ち着く家」を構えたいというご希望でした。
最初お話を伺った時は、「2階建てで」とおっしゃっていたのですが、ふだん住むのがTさまと息子さんのお二人ということを鑑みて平屋をご提案しました。息子さんは成人しているので、お互いのプライバシーが保てるよう、”はなれ”が接合しているようなプランとなっています。
“はなれ”はそこへ至るまでにある程度の距離がありますよね。T邸も居室どうしの距離を保ちながら、ご要望の緑豊かな庭を実現するために、結果的に大、中、小の中庭に植栽を設け、それらを廊下でつなぐ形になりました。
もうひとつ、プランを決定するうえで重要なのがT邸が建つ土地の環境です。
建築予定地の北側は交通量の多い幹線道路に面していて車や人通りが多く、南側は私有地ですが小路に接しています。
通常、このような土地だと南側に庭を設け、窓を大きくとりたくなりますが、それだと隣家からの視線にさらされるためカーテンをつけて室内を隠す必要が出てきますよね。
それではお庭の自然を地続きで感じることができないため、北と南の開口部を少なくしてがっちり”閉じ”つつ、内包されている3つの庭に向かって大きく”開く”という、外と内が対照的なプランになりました。この間取りであれば外からの視線は入らないのでカーテンをつける必要もなく、室内へは光がしっかり届くのです。
3つの中庭のうち、一番大きな中庭はLDKと同じくらいの広さでLDKと和室、廊下、洋室に隣接しています。中サイズの中庭は玄関ホールと廊下、Tさまの主寝室、洋室2に接しており、小さな坪庭は、お風呂とトイレに面しています。
つまり、十字型になっている廊下と居室のどこからでも開けた空間と緑が目に入り、視線がぬけるように設計されているのです。この何気ない抜け感は、人の気持ちをふっとやすませるものであり、やがて愛着に変わっていくもの。おちつく居住空間に欠かせないものだと考えています。
現在、多くの分譲マンションや分譲住宅では、廊下のスペースをどれだけ少なくして部屋面積を広くとるかという経済的な効率よさに重点が置かれているように思いますが、部屋が広ければ必ずしも快適であるとは限りませんよね。
心地よい居住空間とは、数値上の床面積だけではかれるものではなく、体感として開放的だと感じる空間がどのくらいあるかが重要なのではないでしょうか。
家の印象を決めるから、玄関は”豊か”に。
T邸はまるでシェルターのように開口部の少ない外観だからこそ、アプローチからドアを入って玄関ホールに至るまでは、良い意味で期待を裏切ることを大切にしました。
経験上、第一印象で玄関が狭いと感じると、なんだか家全体が縮こまった印象になってしまうことが多いためです。逆をいえば、狭小住宅といわれるコンパクトな住宅でも、玄関ホールが広々とした演出であれば、さほど狭さを感じません。
それは玄関ホールが”家の顔”だからこそ、家全体の印象の決め手となるからかもしれませんね。玄関をただの出入口と捉えるのではなく、ぜひ家を代表する大切な場所だと捉えてほしいものです。
ここで注意したいのは、前述のように床面積が広ければ広く感じる、というものではないこと。ただ広いだけの空間は味気ない印象になってしまうので、玄関ホールはある程度の広さを確保しながら、視線が抜け、ドアを開けたときにハッとさせてくれる演出で仕上げることが大切です。
T邸の玄関ホールは2人住まいなので面積的にはそこまで広くありませんが、中庭へ視線が抜け、そこに植栽がありますよね。植物は四季によって葉の色が変わったり、落ちたり、また天気によって露をつけたり風になびいたりと、たえず表情が変化しているので、飽きることがありません。
いわば玄関ホールに入ると、飽きることない“ゆらぎのくつろぎ効果”に触れることができるため、それが積み重なる豊かな空間になっていくのだと思います。
建築士には「これが好き」の世界観をどんどん伝えて。
プランニングを進めるにあたって、Tさまからはご実家の雰囲気をあらわす資料をたくさんいただきました。
これは注文住宅を建てる際に共通することだと思うのですが、「好き」と思う部屋やインテリア、そして家に関係ないと思われるような文房具、ファッションにいたるまで、何でもいいので、雑誌やWEBなどからたくさんの資料を建築士に渡していただくといいと思います。
いままでたくさんのお施主さまにお会いしてきましたが、意外とご自分の”答え”を意識していない方が多い印象です。ですから「好き」を集める過程でご自分の心地よい世界観はどのようなものかが固まってきますし、言語化できなくてもビジュアルで伝えることができますよね。
建築士はそれらを判断材料として建て主の好きな世界観を拾い、暮らし方を想像します。資料に吹抜けの間取りが多いのであれば「ダイナミックな空間が好きなのだな」と想像し、坪庭やこまごました小物の画像が多ければ、しっとり落ち着いた空間がお好みだと見当をつける。建築士の”拾う力”も試されることになります。
世界観が定まってきたら、間取りや空間演出についての詳細を把握していきます。Tさまの場合は最初から植栽をご希望だったので、ご自分で庭の手入れをすることにご納得いただいていましたが、例えば「植物を眺めるのが好きでも、庭いじりはやりたくない」という方もいらっしゃるわけです。
そうした場合は、室内に鉢植え植物を置けるような空間などをご提案したり、外界の緑を「借景」として取り入れたりと、住む人がストレスなく維持できる空間であるかを調整していくことになります。
せっかく建てる家ですから、ご自分の価値観、世界観、そしてメンテナンスの得手不得手についても遠慮しないで正直な意見を伝えてください。それができれば毎日を暮らしやすく、心地よく豊かに過ごせる理想の家に近づけると思いますよ。
Tさまからは「家づくりは3回目に成功するとはよく言われますが、『それ本当に?』と思うくらい、初めてですが大満足です!」とうれしいお言葉をいただいています。
「新居に移ってから、なんだか健康になったような気がする」
Tさまへのインタビュー記事はこちら。併せてご覧ください。
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次回は、自分のために建てる家。ホテルのスイートルームのように、必要なもの、好きなものを徹底的にこだわりぬいて洗練させた”自分スイート”な住宅です。犬3匹と暮らすモダンな空間をご覧ください。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
ビジョン
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