「部屋を仕切らなければいけない」理由はない
不動産広告などでよく見られる「〇LDK」という表記は、多くの方にとって馴染みのあるものだと思います。家の中に個室がいくつあるのかを示すもので、空間のおおよその広さを把握するための指標としている方も多いのではないでしょうか。
ここからもわかるように、「部屋」というと、壁やドア・障子・襖といった「間仕切り」で仕切られた、独立した空間をイメージされがちです。しかし、部屋は必ずしも「仕切る」必要があるのだろうか?というのが今回のお話です。
存在するのが当たり前と思っている「壁」を取り払うことで、もっと豊かな家、もっと豊かな暮らしが実現できるのではないか?というご提案です。
昔と今を比較すると、現代の住宅では「この部屋は〇〇のために使う」という用途の縛りが、かつてよりも強くなっているように思います。
昔の日本家屋は、畳が敷き詰められた和室(座敷)を障子や襖などの建具で緩やかに仕切り、同じ空間を寝室/客間/家事スペースと実にさまざまな用途に使っていました。それが、工業化住宅が増えるに伴って、各部屋の用途分けが行われるようになり、住宅において間仕切りは「切っても切り離せないもの」であるかのように認識されるようになりました。
なぜ間仕切りが必要なのか。主な理由は、人目を遮断するため、プライバシーを守るためですよね。昔はともかく、現代は温熱環境を整える技術がかなり進化していますから、間仕切りがそれを担う必要はありません。
ですから極端に言えば、家族みんなの合意がとれてさえいれば、トイレや浴室など必要最低限以外は、間仕切りは不要と言っても過言ではないということです。
暮らしの可能性を狭めない、可変的な空間
今回ご紹介するのは、神奈川県横浜市のK邸です。
一見して、かなり広い敷地の家であることがお分かりいただけると思いますが、慣例的な表記では「1LDK」の家ということになります。間仕切りを当たり前ととらえずに、ご家族同士の関係性や暮らしぶりを念頭に置いた空間づくりを行った結果、間仕切りの少ない家が出来上がりました。
Kさんご一家は、共働きのご夫婦と小さいお子さん(当時2~3歳)の3人暮らし。将来子どもが増えるかどうかまだわからない中、子ども部屋をどうつくるべきか――検討の結果、「空間を明確に区切らない」ことにしました。
子ども部屋は2階。壁で囲まれた空間ではなく、天井から吊った暖簾のようなパーテーションで緩やかに“子ども部屋エリア”を設けています。主寝室以外の2階の空間がひと続きになっており、あとから状況に応じて区切ることができる可変的な空間設計です。
家づくりを進めるにあたって、「この空間はこんなふうにしよう」と明確に決められないことは少なくないはず。将来にわたって住み続けるものですから、その時点では想像がつかない暮らしの変化もあるでしょう。
間仕切りは、あとからでもつくることができます。建築で壁をつくることもできますし、背の高い本棚やカーテンも間仕切りの役割を十分に果たします。家をつくる段階でライフプランを無理に描き切ろうとせず、「空間を可変にしておく」という選択肢を、もっと多くの方に知っていただきたいです。
もちろん建築家としては、将来的に空間を分けたときのことを想定して設計する必要があります。たとえば、空間の右半分/左半分で照明のスイッチを別々に設けたり、エアコンがそれぞれ設置できるようにしたり、コンセントの数を均等にしたりといったことですね。
家族の距離感やライフスタイルに合った間仕切りを
K邸で間仕切りがないのは、子ども部屋だけではありません。
水回りも、洗面室と浴室がひとつの空間になっています。正確に言えば、洗面室と浴室の間はガラス製のパーテーションで仕切られていますが、空間認識としてはひとつの空間のように感じられ、広々と開放的な雰囲気になっています。
仕切る/仕切らない。透過性あり/なし。その空間にどの程度プライベート感が必要なのかによって、最適な間仕切りのあり方は決まります。
「どこにいても、誰がどこにいるかわかるので寂しくない」――Kさんは、間仕切りの少ないこの家に、心地よさを感じてくださっているようです。
柱・壁が少なくても耐震性を担保できる構法の採用。冷暖房効率を下げない温熱環境の整備。間仕切りがないことで暮らしやすさや安心・安全を損なってしまっては本末転倒ですから、建築家が留意すべきことはいくつかあります。
K邸でも強く意識したのは、収納スペースの確保です。そうしないと、間仕切りのない家は家財道具が目につきやすく、“散らかった”印象になりやすい。収納スペースだけは、きちんと仕切って用意することがポイントです。
「〇LDK」という仕様に、人が合わせて暮らす必要はありません。家族同士の距離感やライフスタイルに合わせて、そもそも仕切る必要があるのかどうか、仕切るならどのような仕切り方が最適なのか、柔軟に考えたいですね。
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次回のテーマは、「北側の中庭」です。住宅地に付き物である「北側斜線制限」をクリアしながら、理想と使い勝手の両方を叶える手段として中庭を有効活用した事例をご紹介します。“南向き信仰”が、豊かな家づくりを阻害してしまう可能性にも触れます。お楽しみに。
一級建築士 深澤彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
Our Works記事で紹介した邸宅
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