陰影のコントラストが寛ぎを生む
住まいにおける照明の役割は、日々の生活行動に必要な明かりを確保することだけではありません。それ以上に、照明は、寛ぎを感じられる空間を演出するための最も重要な仕掛けと言えます。
前者は「直接照明」、後者は「間接照明」。照明は大きくこの2つに分けられますが、わたしは直接照明だけの住まいをつくることはまずありません。必ず間接照明を採用して、空間演出を行うようにしています。
「上質な住まい」の定義は人によって異なりますが、やはり街の喧騒や日常の慌ただしさから解放されて、ゆったりと寛げる空間を求める方は多いはず。そうした空間をつくる上で、間接照明は必要不可欠です。
一方向からの光や、部屋全体を明るく照らす光だけでは、空間は非常に平面的で殺風景なものになってしまいます。
光の特性を上手く活用し、雰囲気のある空間をつくるために大切なポイントは、「暗いところと明るいところをつくる」こと。そうして生まれた陰影のコントラストこそ、人間の心を落ち着かせ、心身ともにリラックスさせてくれるのです。
また、照明を効果的に取り入れると、インテリアの魅力も増します。壁の凹凸、ラグやソファの素材感、床や扉の木目……こうした特徴を、照明によって一層際立てることができます。インテリアの美しさを、“目で触れて”楽しむことができるようになる。これも、照明を取り入れることの効果と言えるでしょう。
照明計画は、インテリアの配色を考えるのと同じくらい重要だと思います。表情豊かで、住まう人の心を満たしてくれる住まいをつくるために、ぜひ間接照明を積極的に活用していただきたいですね。
照明でつくる、上質なLDK
今回ご紹介する邸宅は、東京都のY邸です。昼も夜も、ご夫婦2人でゆったりとした時間を過ごすことができるよう、間接照明をふんだんに取り入れてつくり上げた住まいの一つです。
Y邸の暮らしの中心にあるのは、中庭に面した大開口を持つ広々としたLDK。約30畳と広く、さらに高い吹き抜けと天窓も備える大空間です。
高い吹き抜けがある場合、天井を照らすことを忘れてはいけません。明かりがないと上部が薄暗くなり、どんよりとネガティブな印象を与えかねません。
また、こうした大空間において、日常生活に必要な照度を直接照明だけでまかなおうとすると膨大な数の照明器具が目に見える部分に露出してしまい、なんとも“目にうるさい”空間になってしまう懸念がありました。
そこで、照明器具を天井や壁、カーテンボックスなどのインテリアと一体化させ、光源を上手く隠しながら空間を照らすことにしたのです。一つひとつの照明の照度は高いものの、光源が見えないので、眩しさを感じることなく必要な明るさを確保することができます。
直接照明ではなく間接照明を用いることで、空間のさまざまな場所に陰影が生まれ、それが何とも言えない“色気”を醸し出しています。
テレビの背面の壁には凹凸のある素材を使っていますが、上部から照らした間接照明によってその立体感がより強調されています。ラグやソファは、柔らかい光で照らされることで、布のふんわりとした柔らかさを視覚でも感じることができます。一面に敷かれたフローリングも、暗いところと明るいところの濃淡がとても上品に見えます。間接照明は、ものの質感を際立たせ、インテリアの魅力を増大させてくれるのです。

直接照明も、照明の選び方や設置する位置、照らす方向によって、間接照明と同様に「表情豊かな空間をつくる」役割を担うことができます。
光を拡散させて部屋全体を明るく照らす蛍光灯のようなものではなく、照らす範囲を絞って“光を落とす”タイプのダウンライトなどは活用機会が多く、Y邸でも効果的に取り入れています。
たとえば、キッチンの照明。背面の壁一面に連なる大型収納の近くに、ダウンライトが並んでいます。このダウンライトが壁の表面に光の筋を描き、ムードあるキッチンを演出しているのです。

このように、凹凸のない壁や扉に、直接照明を使って光の筋を描き出すことで、空間にメリハリを生むことができます。一般的に、廊下に使われることも多いダウンライト。このときも、廊下の中心に設置して床を照らすのではなく、壁寄りに設置して壁を照らすことで、廊下の壁がまるで美しいギャラリーのような場所に変わります。
直接/間接ともに、照明は「何を照らして、どんな効果を得るのか」を設計するのが重要ですが、わたしは壁を照らすことをお勧めしたいですね。
壁を照らして、その反射光で空間全体をふんわりと照らす。照明とインテリアの、ある種の“共創”によって生まれた陰影のある空間は、時間の流れに身をゆだねて、心からリラックスするのにぴったりです。
照明は「どう過ごしたいか」で決まる
Y邸では、LDK以外にも、浴室やトイレ、玄関ホールや趣味の部屋にも、間接照明をふんだんに取り入れています。
照明計画は「どこで、どんなふうに過ごしたいか」によって決まります。住まいのあらゆる空間に寛ぎを求めるなら、どの空間も、直接照明ではなく間接照明を用いることを検討すると良いでしょう。
玄関ホールにはダウンライトを用いるのが一般的ですが、Y邸ではライン状の間接照明を設置。家の中に一歩入った瞬間から、リラックスムードを演出しています。機能面を重視して直接照明を用いることが多い浴室・トイレも、間接照明で統一しています。

LDKから臨む中庭でも、間接照明を用いています。ポイントは、同じものを照らすのでも、上から照らすのと下から照らすのとでは、受ける印象はまったく異なるということ。Y邸の中庭では、下からの間接照明で、植栽を幻想的に照らし出しています。
下から照らすほうが、対象をより象徴的に見せる効果があります。逆に、きちんと対象の造形美を見せたい場合は、上から照らしたほうがいい。植栽は、下から部分的に照らすことで、影になって見えない部分の美しさを想像して楽しむ――そんな効果を期待できますね。
一方、もし「中庭では、植栽よりもバーベキューやお酒を楽しみたい!」ということであれば、間接照明ではなく直接照明が必要になります。
繰り返しになりますが、照明計画において重要なのは「どんな空間で、どんなふうに過ごしたいか」。理想やこだわりをヒアリングしながら住まい方をイメージし、照明の種類や設置場所、照らす方向・場所を先回りして設計するのが、建築家の腕の見せどころです。
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次回のテーマは「いつでも家族の気配を感じる住まい」です。日常生活を送る中で、家族と自然に触れ合うことができる。離れた部屋にいても、家族の存在を感じられる。人の気配を心地良く感じながら暮らすための、住まいづくりのポイントをご紹介します。お楽しみに。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
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