家族構成・ライフスタイルに寄り添う動線設計
どんなプロジェクトでも、生活動線・家事動線の設計には気を配ります。
水回りは生活していく上で必要不可欠なものですし、家事は毎日のことですから、できる限りストレスなく、スムーズに行えるようにしたいもの。家族のライフスタイルに合わせて、利便性とデザイン性を両立した空間をつくり上げるのが理想です。
今回ご紹介する目黒区東が丘のM邸は、小さなお子さん4人を含む、ご家族6人が暮らす住まい。1階にお子さんの個室をまとめ、2階にご夫婦の寝室とLDK、そして水回りを配置しています。
生活動線・家事動線は、世帯構成やワークスタイル・ライフスタイル、またお子さんの年齢などをヒントに設計します。小さなお子さんが多いご家庭の場合、LDKと浴室・洗面、洗濯が同一フロアにあったほうが日常生活における階段昇降が少なくなり、暮らしやすくなることは容易に想像できるのではないでしょうか。M邸の生活動線・家事動線は、「LDKと水回りを同一フロアに配置すること」を重要な条件として設計していきました。
住宅密集地に立地し、前面道路もあまり広くないM邸。一方で敷地面積に対して必要な部屋数が多いのが特徴でした。要件を満たしながら、限られたスペースに上手く水回りを当てはめていくことが求められていました。
生活動線と家事動線の双方に配慮を
脱衣・洗面・浴室、そしてランドリールーム(洗う・干す・畳む・収納するなど、洗濯に関する作業をすべて行える空間)を一直線につないでいることが、M邸の水回りの特徴のひとつ。LDKと水回りがロの字型に配置された、回遊性のある間取りです。
入浴前に脱いだ衣服をそのまま洗濯機に入れ、洗濯済みの衣服は隣のランドリールームで干す。脱衣から洗濯をシームレスにつなぐことで、家事をする人にとってはもちろん、他の家族にとっても日常生活におけるストレスが大幅に低減します。
ランドリールームは、生活にハリを生んでくれる空間と言えると思います。昨今、花粉や周囲の住環境の影響で、室内干しをする家庭が増えてきています。浴室乾燥機で干すと、その間浴室が使えませんし、洗面所に大量の洗濯物を干すと途端に生活感が出てしまいます。ランドリールームがあれば、浴室や洗面といった空間の使い勝手を損なうことがありませんし、急な来客があっても洗濯物を干したままにできるので大変便利です。
さらに理想を言えば、ここにタオルなどのリネン類や下着、パジャマ・部屋着などを収納できる「ファミリークローゼット」がつながると、利便性はより一層高まります。例えば入浴の際、わざわざ1階の自室に戻って支度をする必要がなくなります。またランドリールームから取り込んだ洗濯物を、移動距離ゼロで収納することもできます。
ファミリークローゼットはまだあまり認知されていないのですが、日々の暮らしを格段に快適にしてくれる空間の一つですので、ご提案することが多いです。
M邸の水回りのもう一つの特徴は、一直線につながった水回りスペースが、それぞれ個室として区切られていることです。これは、生活動線と家事動線のどちらも損なわないようにするための工夫と言えます。
浴室、脱衣、洗面、ランドリールームを扉で仕切り、個室として成立させる。こうすることで、例えば「誰かが浴室を使っているときには、洗面が使えない、洗濯ができない」という状況を避けることができます。それぞれのスペースは、ほんの畳一枚分でもいい。その小さな工夫が、家族みんなの暮らしを快適にすると同時に、家事の効率を高めてくれるのです。
見せるキッチン、隠す家事室
水回りと言えば、キッチン周辺の動線づくりも大切です。
M邸のキッチンはカフェ風のデザインで、基本的に「見せる」ことを前提に設計しています。キッチンは、日々の食事をつくる“作業場”であり、重要なインテリアでもあるという考えの下、ほかの水回りとは明確にゾーンを分けています。
一見して生活感がないのに、機能性も担保するための工夫の一つとして、ストックルーム(パントリー)を設けることが挙げられます。ストックルームの基本的な役割は「大量の食材をすっきりと収納しておくこと」ですが、他のスペースと組み合わせる発想も大切です。
例えば、週末にまとまった買い物をするご家庭の場合、ガレージとストックルームをつなげておけば、買ってきた食材を最短距離で収納することができます。また、ペットボトル飲料をよく飲むご家庭なら、ストックルームから出られるサービスバルコニーをつくっておけば、そこに空き容器を一時保管しておくことができます。一つひとつは実に細かいことですが、各ご家庭のライフスタイルを想像し、ちょっとしたアイデア・仕掛けを施すことで、生活感を感じさせない住まいをつくることができるのです。
さらに、ストックルームとランドリールームを裏側でつなげて、「家事室」としてまとめるという方法もあります。こうすると、LDKに面した通路を通ることなく、家事をすべて裏側で完結させることができます。食材をネットで注文したり、アイロンをかけたり、ともするとLDKでやってしまいそうなちょっとした家事の場を「家事室」に担わせれば、そのぶん、LDKをリラックスのための空間として磨き上げることができます。
快適な日常生活を送るために機能性を重視する空間と、趣味や団欒を楽しむための演出を重視する空間。これをいかに違和感なくゾーニングしながら、一つの住まいとしてまとめ上げていくか。一般的な住宅の“テンプレート”的な空間づくりにとらわれず、生活動線・家事動線を自由に設計できるのが、注文住宅の醍醐味と言えます。
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次回のテーマは、「間接照明がもたらす寛ぎ」です。住まいづくりにおいては、生活に必要な明かりを確保する機能的な照明だけでなく、空間を演出する装飾的な照明が重要な役割を担います。意識的に陰影をつくり出し、まるでラグジュアリーホテルのように“色気”のある上質な空間をつくり上げる、間接照明の妙をご紹介します。お楽しみに。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
ビジョン
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