好みの色や素材の「相性」を意識してみる
足を踏み入れた瞬間に、「心地良いな」「素敵だな」「洗練されているな」と感じる住まいがあります。その理由は、単に部屋が広い、天井が高い、高価な家具が置いてある、といったことだけではないケースが多い。実は、空間の印象をぐっと洗練させているのは、ほんの些細な気配りの積み重ねだったりするものです。
今回の「More Life Vision」は、住空間を構成する色や素材、そしてラインを「揃える」ことの効果についてお話ししたいと思います。
インテリアの色や素材は、できるだけ絞り込んで統一感を持たせること。窓の開始位置や窓枠の幅、床タイルの目地などのラインを、なりゆき任せにせず揃えること。こうした何気ない部分にこだわることが空間全体のクオリティを高めることにつながります。
色や素材を「揃える」のは、比較的わかりやすいですね。壁や床、建具、収納棚、家具などインテリアの色・素材には実にさまざまなものがあり、いざ住まいをつくるとなると、いろいろと目移りしてしまうものです。しかし、一つひとつ「点」で見ると素晴らしくても、それらをすべて取り入れれば良いかというと、そうではありません。
インテリアは、「相性」を意識しながら選ぶことをおすすめします。この色とこの色の相性はどうか?この素材とこの素材の相性はどうか?――それだけで、空間を構成する色や素材のバランスが良くなっていきます。気に入ったものを、信頼できる建築家に素直にぶつけて、バランスの設定は一任するのも良いでしょう。
窓や建具、エアコンや照明、スイッチやコンセントなど、さまざまな位置や幅を揃えるのは、建築家の腕の見せどころ。街を見渡してみると、窓の高さが揃っていない住宅が思った以上に多いことに気がつくはずです。
ラインをミリ単位で揃えること、高さや幅に規則性を持たせることによる効果は、はっきりとは知覚しにくく、言葉で言い表すのは難しいものです。しかしながら、そこに暮らす人や訪れるお客さまに直感的な心地良さ・美しさを感じさせてくれる、住空間においてとても重要な工夫であることは間違いありません。
必要なのは「引き算のデザイン」
素材や色、ラインを「揃える」ことは、どのプロジェクトでも常に意識していますが、今回ご紹介する東京・大田区のM邸は、特にそのこだわりを徹底した一例といえます。
https://www.kenchikuka.co.jp/houses/958/
M邸のデザインは、言うなれば「引き算のデザイン」。外観も内装も、色・素材を厳選して住まい全体に統一感を持たせています。「揃える」とは、「絞る」と同義なのです。
住宅というものは、住まううちに否が応でも様々な要素が加わっていくもの。玄関に靴が増えたり、棚の上に小物が増えたりと、空間に存在する色・素材はどんどん多様になっていきます。それは住宅に“人の体温”や“味わい”が加わるということでもあり、もちろん悪いことではありません。生活するということは、「足し算」なのです。
だからこそ、色・素材が増えていくことを前提に、建築側に使う色数を抑える工夫が必要です。具体的には、有彩色は3色以上使わないよう気をつけています。白・黒・グレーのモノトーンに、有彩色1色を合わせることが多いですね。
M邸でも、白・黒・グレーを基本とし、木目を効果的に取り入れています。バスルームの洗面台には「ゼブラウッド」という個性的でインパクトのある柄を使っていますが、部屋全体・住宅全体を見たときの洗練度を損なわないよう、バランスに配慮しています。
また、住宅全体に占める白の割合が60%を下回らないよう意識しています。どっしりと重めの雰囲気が好みということであれば別なのですが、「光と風を感じる家」をコンセプトに住まいづくりをしているテラジマアーキテクツとしては、壁や天井に白を効果的に取り入れることは常に重視しているポイントのひとつです。
「揃える」「絞り込む」ことである
M邸では、木目を効果的に見せるために、ほかのパーツはガラスや鉄、タイルなど無機質な素材で統一しています。これも、「揃える」意識、「引き算」のデザインです。「エッジの効いた、スタイリッシュな空間にしたい」というMさんのご要望に応える素材選びでもあります。
ガラスブロックを組み合わせてできた窓は、M邸の中でも特徴的な部分のひとつ。前面道路からの視線を避けながら、室内にたっぷりと光を取り込むための窓です。この窓ひとつとっても、「揃える」工夫が凝縮されています。
ガラスブロックの窓は1階から2階へと連なっていますが、外から見ると、1階と2階の境目に帯状のつなぎがあります。その帯の幅は、ぴったりガラスブロック2枚分。窓の両サイドの壁も、左右で同じ寸法にしています。
エントランスからリビング、ダイニング、キッチンに至るまで、M邸の床はタイル張りになっていますが、このタイルの目地も「揃える」ことにこだわっています。玄関の上がり框と接するところや、階段をのぼり切ってすぐのところなど、空間のスタートラインには半端な寸法のタイルがこないよう配慮します。タイルの1枚目をどこに置くかは、いつも大変気を遣うところです。
上下階をつなぐのは、段板も手すりも鉄材でつくった階段。手すりの支柱の位置は、床のタイルの目地に揃えています。
M邸には中庭はありませんが、リビングに面した中庭をつくる際は、室内と屋外のタイルの目地を揃えることも忘れません。これにより、住まい全体の洗練度を高めることに加え、屋内外の空間のつながりを演出することもできます。
このように、ともすると見落としてしまいがちな細部へのこだわりを積み重ねることで、無意識レベルで感じられる住まいの快適さ・美しさがぐっと高まっていきます。「美は細部に宿る」と言われますが、住まいづくりのひとつの視点として、ぜひ知っていただきたいと思います。
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次回のテーマは「借景を暮らしに取り込む」です。造園技法のひとつとして古くから知られる「借景」は、現代の住まいにも応用することができます。住まいの周りにある美しい景色を、日々の暮らしに取り入れる。そのために最適化した住まいづくりの事例をご紹介します。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
ビジョン
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