自由な発想で、法規制を「守りつつかわす」
住まいは、そこに住まう方の理想や素直な欲求を、思い切り反映させたものであるべきである——わたしは常にそう考えています。しかし一方で、法律によって定められた、守らなければならないルールが多数あることも事実です。
住宅建築に関わる法律には実にさまざまなものがあり、理想の住まいを実現する上で障壁になることも少なくありません。
例えば「高度斜線規制」。これは、北側の隣家の日当たりを考慮し、南からの日照を確保するために建築物の高さを規制するルールです。北側の隣地との境界線上に一定の高さ(5メートルあるいは10メートル)をとり、そこから一定の勾配で記された線の範囲内で建築物を建てることになります。上層階が一部斜めに切り取られたような形をした建物を目にすることがあると思いますが、それはこのルールによるものであることが多いです。
当然ルールは守らなければなりませんが、それによって豊かな住空間が損なわれるのはあまりに残念なこと。1階の天井高を低くせざるを得なかったり、2階の天井を傾斜させざるを得なかったりと、窮屈さを感じながら暮らし続けるなんて、もったいないですよね。
実は、空間のとり方を少し工夫すれば、ルールを守りながらも、広々と開放的に感じられる住まいをつくることは可能です。
「建蔽率40%でも広々」の秘密は、2つの中庭
今回ご紹介するのは、東京・武蔵野市のT邸。
2人のお子さんがいらっしゃる4人家族で、お互いの気配を感じながらも決して息苦しくならない、抜け感・開放感のある住まいを求めていらっしゃいました。
低層住宅の良好な環境を守るために厳しい制限が設けられている住宅地は少なくありません。このエリアの建蔽率は40%と低く、またT邸の敷地は北側の隣家とも近接しています。何か設計に工夫を凝らさなければ、室内空間が非常に窮屈に感じられてしまう恐れがありました。
そこでとったご提案したのが、建物の北側に中庭を設けるプラン。隣家との敷地境界線から離れた位置に建物を建てることで、1階・2階ともある程度の天井高を確保しながら、屋根の傾斜(母屋下がり)がないスクエアな外観を維持することができます。
建蔽率40%をクリアするために、今回は南側にも中庭を設けて、LDKを南北2つの中庭で囲む形としました。窓を開け放てば、中庭は室内とつながる第2のリビングダイニングに。北側の中庭、LDK、そして南側の中庭が、まるでひと続きの空間のように感じられる、開放感あふれる住まいになりました。2つの中庭とLDKの大きな吹き抜けにより、室内の採光・通風は抜群です。
T邸では、低い建蔽率と高度斜線規制をクリアするために建物の位置をずらし、そこを中庭としましたが、実は空き地状態にしているケースも少なくありません。土地が有り余っているのなら別ですが、こうした住宅地は決して坪単価も安くありませんから、何もしないのではもったいない。
規制の厳しいエリアでも、制約を感じさせないよう空間設計を行い、さらには住まう人にとってポジティブな環境へと昇華していくことができるのです。
「庭は南向きがいい」という思い込みを捨てよう
T邸の中庭は、北側は主に「見て楽しむ」庭、南側は「子どもたちが走り回って遊べる」庭になっています。どちらの庭も建物で囲んでいますから、隣家からの視線を気にせず、24時間356日カーテンを開け放った状態で楽しむことができます。
高度斜線規制をクリアする手段としては、2階の北側にバルコニーをつくるという手もありましたが、隣家をはじめ外からの目線が気になる可能性は高い。また、屋外空間は主寝室や子ども部屋よりLDKに面していたほうが使い勝手が良いというのも、T邸に南北2つの中庭をつくった理由のひとつです。例えば、もし「お子さんの趣味が天体観測」といった条件があった場合は、2階の子ども部屋とつながるバルコニーが最適解だったかもしれませんね。
ところで、北側の庭というと、「一年中暗くてジメジメしているのでは」「植物を植えても育たないのでは」とネガティブな印象を持たれることがとても多いです。しかし「北側は庭に適さない」というのは単なる思い込み。日本に根強い“南向き信仰”を捨てて、ぜひもっと自由な発想で住まいづくりを考えていただきたいですね。
周辺環境にもよりますが、南側は確かに日当たりが良い場合が多い。しかし南からの採光に頼りすぎると、日中や夏場は日差しがきつく、結局カーテンを閉めっぱなしにすることになりかねません。
そこで有効なのが北からの採光です。時間帯や季節によっては南側の直射日光を遮蔽して、北側から柔らかな自然光を取り入れるほうが、室内を明るく快適な状態に保つことができるのです。植栽も適したものを選べば、きちんと生育します。T邸でも、四季折々移ろいゆく自然を感じられるよう、南北それぞれに適した植栽を施しました。
「庭は南向きであるべき」のような思い込みを捨てること。そして、高度斜線規制や建蔽率といった各種制約が厳しくても、広々とした開放感のある空間づくりを諦めないこと。今回は、住まいづくりにおいて大切な、この2つの心構えをお伝えしました。
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次回のテーマは「デザインを揃える」です。窓枠のラインのとり方や、床タイルの置き方、素材や色の組み合わせ方など、細部に宿るこだわりが、住まいへの満足感につながっていくことをご紹介したいと思います。
一級建築士 深澤 彰司
株式会社テラジマアーキテクツCEO
東京理科大学卒業。2004年テラジマアーキテクツ入社。建築家としてシンプルモダンや和モダンといった同社の代表的なテイストを確立。これまでに手掛けた住宅は300棟以上。デザインと生活空間の両立した住宅、お引渡し後も長く安心して住まえる住宅を目指し、使い勝手や動線に配慮した設計、お客さまと一緒につくる過程を大切にしている。
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