住まいのあり方が多様化し、それぞれの価値観、ライフスタイル、またライフステージに合わせて、選択肢は広がり続けています。こうした中、「自分らしい家をつくること」の魅力を、また「自分らしい家で暮らすこと」の価値を、あらためて多くの方に知っていただきたい――そんな思いから、「More Life Lab.」は生まれました。

生き方・暮らし方を自ら定義し、つくり上げようとする人。
その価値観に賛同し、肯定したい。

上質と個性を重んじ、人生を通じてそれを謳歌したいと願う人。
その思いに寄り添い、実現を後押ししたい。

家が人に与えてくれる幸せや可能性を誰よりも信じ、住まいに対するお客さまの思いやこだわりと誰よりも深く向き合ってきた「家づくりのプロ」として。上質かつ自分らしい家で、心満たされる豊かな暮らしを送りたいと考えるすべての方に、家づくりにまつわる知識と教養をお届けします。

ロゴマークについて

「M」の右斜め上に伸びるラインが象徴するのは、「もっと自由に、自分らしく」という、住まいづくりの考え方。左下へ伸びるラインは、光と風のベクトルを表し、自然を取り入れる暮らしの心地良さを連想させます。上下に広がる造形が、「もっと自由に、自分らしく」と望む人の周りに広がる空間の存在を感じさせます。


Presented by TERAJIMA ARCHITECTS

テラジマアーキテクツは、創業以来60年にわたりデザイン住宅を手がけてきた、住宅専門の設計事務所+工務店です。
お客さまのライフスタイルに合わせたオーダーメイド住宅をつくり上げています。

東京都・神奈川県で家を建てることにご興味のある方は、下記のウェブサイトも併せてご覧ください。
建築家による設計・施工実例を多数ご紹介しています。
https://www.kenchikuka.co.jp/

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豊かな住まいを科学する

人が心地よく暮らせる住まいに必要な要素とは何か。その要素を満たすために、建築家がすべきこと、住まい手が工夫できることには、それぞれどのようなことがあるか。工学、医学、健康科学、生物学、心理学などさまざまな分野の専門家が、学術的・科学的な視点から解説するリレー連載です。

feature

生活の質が上がる、香り・匂いとの付き合い方

五感の中で、視覚や聴覚に比べると“軽視”されがちな嗅覚。しかし、リラックスや気分転換に匂いや香りが有効であることは、多くの人が感覚的に知っているだろう。また、心身の健康や、暮らす・働く・学ぶ・休むといったさまざまな空間の質の維持・向上にも、匂いや香りは無意識のうちに関わっている。本稿では、匂いや香りと上手く付き合い、嗅覚をよろこばせる暮らしを送るためのポイントを押さえる。

東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授 東原和成(とうはら・かずしげ)

1989年東京大学農学部農芸化学科卒業後、アメリカへ留学し化学分野で博士課程を修了、デューク大学医学部博士研究員を経て1995年帰国。東京大学医学部助手、神戸大学バイオシグナル研究センター助手、東京大学大学院新領域創成科学研究科助教授を経て、現職。

“鼻がよろこぶ”日本古来の住まい

住まう空間をデザインするとき、視覚(見た目)は重要な要素である。

一方で、風の流れや家の素材にも気を遣う。

風通しや換気をよくすることで、温度と湿度がコントロールされるだけでなく、玄関に溜まる汗臭さや料理による匂いなどの生活臭を流すことができる。

家の素材でも、漆喰は生活臭を吸収する一方で、木材からは木の心地よい香りがするし、畳からはホッとする香りが漂う。

古典的な日本の家屋では、欄間で風の流れがつくられ、隙間のある障屏具は緩やかな匂いのグラージエントをつくり出し、五感の一つである嗅覚を満足させるための空間が上手に設計されていた。

©photoAC

戦後、アパート・マンションの時代になり、汚染空気や極寒暖から逃れるために密閉度の高い家が設計されるようになった。そして家の中の空気の流れが悪くなり、湿度でカビが生えやすくなるだけでなく、匂いがこもるようになり、消臭剤が飛ぶように売れる時代になった。

家の密閉度が上がるとともに、隣人とのつながりも希薄になり、昔は日常茶飯事であった隣の夕飯の匂いが「香害」にまでなるようになった。衛生志向も相まって、人々は無臭空間を求めていった。

嗅覚は、生きるにも暮らすにも重要な感覚

では、匂いはないほうがいいのか。嗅覚はなくてもいいのか。

五感の中でなくなっても良い感覚の筆頭は嗅覚であるが、シカゴ大学の報告によると、驚くことに、死亡する前5年間に患っていた疾患の中で嗅覚脱失が一番多いそうだ。

新型コロナウイルス感染の症状からもわかるとおり、嗅覚の異常は身体のどこかで異変が起きている知らせでもある。

さらに、コロナ禍でオンライン会議が多くなったが、視聴覚の情報だけではどうも相手の機微が読みにくい。在宅勤務で朝からの晩までリモートだとどうも効率が悪い。実は、我々は無意識のうちに嗅覚を含む五感でコミュニケーションをしていて、さらに、移動するそれぞれの空間の匂いの変化で脳が切り替わっているのである。

このように、嗅覚は思っているよりも重要な感覚である。

そして、香りは食べ物の美味しさに不可欠であるし、アロマ効果や癒しなどにも使われるなど、食・生活空間に必ず存在する。

匂い・香りが有効活用されにくい理由

では、なぜ匂いを消す方向ではなく、もっとポジティブに有効活用できないのだろうか。

その理由は大きく三つある。

一つ目は、物理信号である視聴覚と違い、匂いは多種多様な化学物質の集まりなので、再構成したり、制御することが難しいため。二つ目は、匂いの感じ方には個人差があり、ある人にとって心地よい匂いも、別の人には不快だったりするため。そして三つ目は、匂いの生理効果のメカニズムがはっきりしないなどエビデンスが弱く、曖昧で怪しい感覚と思われがちであるためだ。

一番目の、匂いの複雑さについて。バラの花などから出ている自然の香りは数百種類の混合臭からなる。自然の香りは心地よく我々を癒してくれるが、これを人工的に再現するのは難しい。食品に付与されているフレーバーも、本物に似ているが、せいぜい数十種類の匂いをミックスしたもので複雑性が全く違う。本物の檜の香りは、人工の檜フレーバーと比べると、身体への滲み入り方も違う。そして、視聴覚と違って、匂いは、嗅ぎたい時に嗅いで、嗅ぎたくない時に消すことが難しく、家の中でも街中でも空間の匂いの動きをなかなか制御できない。

二番目の個人差に関しては、400種類にものぼる嗅覚受容体遺伝子の多型(個人差)で匂いの感じ方が異なるだけでなく、どのような食文化や生活環境で育ったか、経験や学習が匂いの好き嫌いや嗜好性に影響を与える。悪臭はある程度共通してみんな臭いと思うが、良い香りに関しては、万人に好まれるものはほとんどない。また、化学物質過敏症の方もいる。つまり、空間に匂いを付与する場合は、個人差があるということを考慮しないといけない。また、香水もずっとつけていると自分の鼻が順応してしまい、どんどん濃くつけるようになる傾向がある。

そして三番目の、匂いの効果のエビデンスの弱さについて。匂いや香りの信号は、情動や記憶と結びつく脳部位に入力され、さらにホルモン系や自律神経系を刺激するので、我々の心身にポジティブな効果を与えてくれるのは確かである。つまり、アロマ効果は間違いなくある。しかし、匂いの効果をメカニズムレベルで客観的・定量的に評価することが難しい。また、最近わかってきたことであるが、ポジティブな効果があると言われている香りも、その人にとって嫌いな匂いだとその効果は出にくいだけでなく、ストレスにもなる。同じ匂いでも、良い文脈の意味づけをした時とネガティブな情報をつけたときとで身体への効果も異なる。つまり「その匂いをどう捉えるか」によって生理・心理効果が変わるので、アロマは信用されないのである。逆にこういったことを考慮して使えば、香りの効果は大きい。

編集部作成

いい香りを効果的に取り入れ、嫌な臭いを取り除くコツ

では、空間・目的・ライフスタイルに合わせて、匂い・香りの効果的な取り入れ方はあるのだろうか。

まず、重要なのは、イメージや価値観に合う香りでないと心地よくない。例えば、バナナの画像にピーマンの香りが漂うと違和感が生じる。つまり、その空間や文脈を表徴するような香りが存在すると気持ちいい。身体の中で違和感や心地よさがどの程度生じたかは、近年、脳波計測で測ることができる。

一方で、嗅覚は記憶と強く結びつくことを利用して、香りを使ってイメージを植え付けることもできる。例えば、ホテルのロビーに特徴的な香りを流しておくと、次にどこかで同じ香りを感じた時、そこで過ごした記憶が瞬時に蘇り、また同じホテルに行きたくなる。

もう一つ重要なのは香りの強さである。いい香りも濃度が高くなると不快に感じやすくなるし、三叉神経を刺激して頭痛などの原因になる。またずっと同じ匂いを嗅がされ続けると不快になる。これがいわゆる「香害」につながる。

匂いは、感じるか感じない程度の量で、しかも短い時間で、生理効果などのポジティブ効果が十分に出る。10月初旬、歩いていて感じる金木犀の香りも、ふわっと一瞬漂うから心地よいのだ。

編集部作成

一方で、やはり気になるのは嫌な匂いで、空間から除きたい。そこで、消臭剤がたくさん売られているが、根本から匂いを消すことができるものはほとんどない。空間に噴霧して漂っている匂いを吸着させて下に落とす、衣類に噴霧して匂いをトラップして発散しないようにする、というのが基本的な原理である。

その場しのぎとしてはいいが、匂いは時間とともに揮発・拡散していくので、風通しをよくしておくのが根本的な「消臭」になる。

そこで、換気がポイントとなるが、多くの換気扇は部屋の上部に位置している。実際、料理などから出る匂いは、温められた空気や水蒸気に乗って上に行くので、換気は上部にある方が効率的ではある。

ただ、実は、アンモニアや硫化水素など一部の匂い以外のほとんどの匂い物質は、空気より重いので、風のない空間では匂いは下に落ちていく。なので、実は、匂いの換気は足元から空気を引っ張るほうが効率がいい。飛行機の換気は、上から出て足元から抜けていくが、匂いやウイルスなど空気より重いものの除去には適しているやり方である。

香りは無意識のうちに私たちの情動に働きかけ、心地よさ・安らぎを与えてくれるだけでなく、記憶に結びつき、懐かしさ・安心感を感じさせてくれる。

コロナ禍でリモート・在宅が多くなった結果、実家と同じ柔軟剤を使う人が出てきている。安心して、心が落ち着くのである。我々の最近の研究で、赤ちゃんの匂いで「オキシトシン」という絆を強めるホルモンがお母さんの身体の中で上昇することがわかった。人間社会では、体臭もポジティブな意味があるのである。

ウィズコロナで、住まう空間における匂い・香りの意義・役割を再認識する時代に来ているかと思う。個人差を考慮して、いろいろな場面で、欲しい香りが欲しい時に何気なく漂うような嗅覚空間設計ができるような技術が開発されることが望ましい。

筆者提供
匂い・香りは、その構造の複雑さや、感じ方の個人差といった特徴から、「生活空間の消臭」以外の有効な活用がなかなか実現されづらい。とはいえ嗅覚は、心身の健康に大きな影響を与える重要な刺激であるのも事実。嗅覚がよろこぶ空間をつくるために、匂い・香りが持つ特性を理解した上で、良い匂いの効果的な取り入れ方と、嫌な臭いの効果的な取り除き方を知ることが大切である。

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